「答え」とは自分で考えたり調べたり相談したり実験したり勉強したり試行錯誤したりの結果気付くものかと思っていました。ところが、自分で考えないで答えだけ欲しがる層の人々が居るらしいのです。

そんなこと続けていたら、どうなっちゃうんでしょう?
こんなお話をしたら、いろいろな意見が集まりました。

まずは、答えを探る家庭が勉強でもあるという意見がありました。答えだけ簡単に得ても面白くないと思うのですがとおっしゃいました。そう考えると答えだけ欲しがる人というのは、答えを探る過程の面白さを知らずに大きくなったのかな?このように展開すると学校教育が悪いって言う人が出てきそうです。百歩譲ってその通りだとしても、だからといって大人になってから自分で何とかしなくても良いというわけではなさそうです。

別の方は、「自分の人生の幸せまで他人に教えてもらわないと分からない人が増える」と述べました。この結果、社会の流れを作っている人が自分の都合がいいように幸せの方向を示し、考えないでホイホイ付いていく人が増えて、事態に気づいても、自分で考える頭を鍛えていないから、どうすることも出来ない、ということになるだろう、ということです。話の最後を「幸せな人とそうでない人の二極化が進む」と締めていました。もしかしたら、格差社会の原因の本質ってこんな所にあるのかもしれません。

そしてプロのセラピストをされている方からは、そのような方は要求ばかりで面倒臭いのだそうです。曰く、ここまで与えれば納得してあとは一人でやるかな?と思っても、ザル状態で疲労してしまうそうです。ことごとく自分で考えたり工夫したりを放棄して、与えてもらうという発想しか出来ないような方なのかもしれないですね。

さらに寄せられた意見には、自分で考えないで答えだけ欲しがる人々がいるからこそ、新興宗教とかマルチ商法とかが流行るというのもありました。こういうのにはまっている人は一見非常に幸せそうで、ポジティブ過ぎて怖いくらいですが、実はとても苦しそうな心のあり方が伝わってくるのだそうです。言われてみれば、胴元だけが幸せになれる仕組みで、胴元の幸せが自分たちの幸せであるかのようにすりかえられているとも言えますね。そのすり替えに気づいていないわけです。


やはり、考えないで答えだけ欲しがるスタンスの先には本当の幸せは無さそうです。自分で考えて自分で創っていくことが大切であると、改めて感じました。

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