2006年の流行語の候補の一つに「ワーキングプア」がありました。ワーキングプアとは労働しているが忙しい割りに収入に結びつかず、年収が生活保護を受けるよりも低い状態になっている状態のことを言います。
ではなぜワーキングプアが発生したのでしょうか?エネルギーの観点から考えて見ます。現在日本のあり方を決めているエネルギーの一つに
「自分のものは極力差し出さず、他人の物は少しでも摂取(奪い取る)しようとする」
があります。
ワーキングプアを筆頭とする低賃金労働者の存在は、企業が収益を上げるためにコストを抑える仕組みにおいて不可欠になっています。言い換えると企業が「賃金」という差し出すべきものを極力差し出さず、「労働力」という他人のものは少しでも摂取しようという仕組みです。経団連が導入を進めようとしているホワイトカラー・エグゼンプションもまたその最たるものでしょう。
一方的に奪おうとするパワーゲームが行われているわけですから結局力の強い方が奪い続けることになります。
ではワーキングプアはそれによる恩恵を受けている企業だけが悪いのでしょうか?実は最近の日本人の集合意識による具象化ではないかと感じることがあります。即ち「自分のものは差し出さず、他人のものは摂取」というエネルギーは一般人も持っているということです。
例えば絶対的な安さを求める層というのがあります。とにかく安ければいい、安さだけでに価値判断基準を置いている人々です。つまり自分のお金は払いたくないが、良い品物は欲しい、というエゴであるわけです。
他にもそのサービスの価値を理解せずに簡単に値下げしろと言ってみたり、「無料サービス」という言葉にぱっと飛びついたり。飲み会で散々飲み食いしたのに支払いの時にはドロンする人とか、鉄道のキセル乗車を自慢げに話す人とか。
「自分のものは差し出さず、他人のものは摂取」というエネルギーを持ち続けている人には、忙しい割りには賃金を安く抑え込まれるような仕事しか回ってこなくなっているのではないか?と感じることがあります。
人々が支払いを渋ったり絶対的な安さを求める以上、サービスを提供する企業は価格を抑えなければならず、その為には賃金を安く抑えざるを得ないというわけです。
結局「自分の物は差し出したくないが、他人のものは少しでも奪い取りたい」というエゴの集合意識がワーキングプアを作り出しているのではと感じます。
一方的に奪おうとするだけの企業の姿勢は問題視されるべきですが、それと同時に考えてみるべき問題もありそうです。
お金に困っている様子を表すカード。そもそも貧しさとは物質的なことにばかりに執着するあまり、その状態を貧しいと解釈しているからこそ発生するものなのです。
タロットセラピー・アレクサンドロ原田公式サイト


ホントにそうですねー。
私も、最近は100均ショップや、赤字特価と思われる商品にはなるべく手を出さず、
ほどほどの値段のものを買うように心がけております。
自分がそちら側の労働者だったら
人件費や技術料を必要以上に安く見積もられるのはイヤだなという単純な想像からです。
なもので、ただ安さやお得感だけを求める人の感覚はあまり理解できないなと思っています。
が、ワーキングプアに関しては
かなり一方的に企業と国が悪者という認識でいました。
そんな単純な問題ではないんですね。
ちょっと考えが変わりました。